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ギターで世界と闘った男、村松俊秀さんを悼む [素晴らしき仲間たち]

(2009年2月6日(金)の活動日記その2)

● ギターで世界と闘った男、村松俊秀さんを悼む

 『自治体ファイナンス研究会』を終えると
 保土ヶ谷から急いで横須賀へと向かいました。

 今夜は、村松俊秀さんの追悼ライブが行なわれているのです。

06MrMuramatsu2.jpg

 直接の接点はわずかな時間しかないフジノですが
 それでも「村松さんが亡くなった」と初めて聴かされた時は
 大きなショックに言葉を失いました。

 村松さんは、ふつうの市民の方々の1人です。
 でも、横須賀市民ならば誰もが村松さんを見たことがあるはずです。

 原子力空母の母港化反対活動のデモの先頭を歩きながら
 あるいは、Yデッキでの署名活動の場で、

 いつも村松さんはバンジョーやギターをかき鳴らしながら
 やかましい歌をかみつくようにがなっていました。

 その彼がわずか50才で、昨年亡くなりました。

 そこで今夜はその彼を悼む為に
 高校時代からの友人の方々や
 一緒に活動を続けてきた『非核市民宣言運動・ヨコスカ』をはじめ、
 住民投票条例を実現する為に活動してきたみなさんなど

 村松さんを慕うたくさんの方々が
 市内外を問わず、集まりました。

06MrMuramatsu.jpg

 会場のヤンガーザンイエスタデー(ライブハウスです)では
 スクリーンには村松さんの歌う姿が流れて

 何組ものバンドが演奏をして

 古くからの友人や割と最近に友人になった方まで
 たくさんの方々がステージにあがって
 村松さんを悼む言葉を述べました。


● 僕の村松俊秀さんの思い出

 この場にフジノは途中から参加して
 あっという間に途中で帰らなければならず、とても残念でした。

 村松さんについて語り合う機会も無かったので
 少しだけこの場でフジノなりの
 村松さんへの想いを記したいと思います。

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 僕はけっこう村松さんのことを
 『ライバル視』していました。

 僕もギターを弾く人間として、他人がギターを弾いていると
 誰であっても僕は必ずライバルとして見てしまうのです。

 ライバル視というのは、テクニックとかそんなものではなくて、
 音楽に向き合っている姿勢とか歌を愛する魂という意味ですね。

 今でこそ政治家なんて職業をしている僕ですが、
 中学時代からエレキギターでオリジナルの歌をつくって
 僕なりにギターで世界と闘ってきたつもりでした。

 でも、僕は自分の武器をエレキギターから
 精神保健福祉に変えて、
 さらに6年前からは政治という武器にとりかえてきました。

 人生の早い時期にギターで自分の想いを伝えることを知った人間は
 誰もがいつだってこころの中ではギターを弾いていると思います。

 そんなこころの中でギターを持って叫び続けている僕に対して、
 村松さんはリアルにギターを持って今もがなり続けていました。

 これは、サイコーにカッコよくて、
 自分にはできなかった、うらやましい姿でした。

 例えば、Yデッキで僕がメガフォンで街頭演説をしている時、
 僕は僕なりにしゃべる言葉やスピードを選んで
 ラップのようにしてみたり、いつも音楽的であろうとしました。

 でも、本物の歌と本物のギターにはかないません。

 (これは物理的に木材で作られた本物のギターという意味ではなく、
  リアルなギター、リアルな歌、という意味の、本物、という意味です)

 だから、「ああ、またやられてしまった...」というのが
 いつも村松さんに感じる想いでした。

 僕は中学時代からギターを弾き始めて
 やがて世界とむきあう手段が変わってしまったけれども

 村松さんは高校時代からプロテストソングを歌い続けて
 50才で亡くなる直前まで歌い続けたのだから

 そもそも僕が勝てるはずがない、巨大なライバルでした。

 歌も、すごくカッコよかったです。

 例えば、村松さんの歌の中に
 『FTN TODAY』というものがあります。

 サビを引用しますね。

   ある朝 目を覚ますと EMクラブのうらに
   大きく書いてある FTN TODAY
   ドブ板通りのはずれ EMクラブの塀に
   Midway Walk Out FTN Today

 これは、僕が生まれた1974年に実際にあった
 米軍基地のアメリカ兵たち60名が起こした
 乗艦拒否闘争を歌ったものです。

 空母ミッドウェイの乗組員たちが
 『横須賀母港反対』などの6項目の要求を掲げて
 空母の出港日に、基地の外に出たのです。

 『ウォークアウト』と呼ばれた闘いです。

 今のアメリカ軍を横須賀で見るにつけても
 とても信じられないような、人間的な闘いだったと思います。

 僕はこの74年のミッドウェイでの『ウォークアウト』を
 村松さんの歌によって初めて知りました。

 自分のまちで、自分が生まれた年に起こったことなのに
 村松さんの歌に接するまで知らなかったんです。

 ちなみにFTNとは

 FUCK THE NAVY

 の略です。

 すごいぜ、村松さん。
 僕にはこんな歌を作れないし、僕にはこんな歌を歌えないよ。

 もう今は村松さんの歌は
 記録された映像や音声媒体の中でしか聴けないけれど

 その音楽にかける魂や
 実体験に根づいた歌は

 決してこの世界から消えることは無い。

 僕たちの世代は、いや、少なくとも僕はということだけれども、
 歌を歌い続けることだけではなくて
 現実的な対抗手段を取ることを選びました。

 ジョン・レノンもボノも最高にカッコいいけれど
 音楽だけでは世界は変えられないと僕は感じたから。

 だから違う手段で、僕は闘っていきます。

 でも、いつも書いてきたことだけれども、
 政治なんかは決して人のこころを変えることは絶対にできないから

 音楽がいつも世界にあふれていてほしいと願っています。
 人々のこころに平和と愛をもたらす音楽が
 いつも世界にあふれていてほしいと僕は願います。

 もちろん商業的な耳障りのいい音楽もそれはそれでOKだけど
 時にはぎざぎざとした、こころにつきささる音楽が流れていてほしい。

 そんな歌を歌える人がまたひとり、
 この世界から失われてしまったけれど、

 でも、音楽は消えない。歌は消えていかない。
 いつまでも流れ続ける。僕らのこころの中に。

 村松さん、いつもカッコよかったです。
 サイコーな歌を、ありがとうございました。

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